無実なのに17年間も刑務所に入れられる・・・・・。
現在の県警本部長が、
「心からお詫び申し上げます」との事。
17年前の・・・・、
当時の栃木県警本部長は・・・・???
当時の捜査担当刑事は・・・・???
無期懲役を言い渡した当時の裁判官は・・・・???
菅家さんを悲しませた、
当時の多くの人達は・・・・???
菅家さんは、
現在の県警本部長の謝罪で、
「許す」の言葉を使っていますが・・・・・。
もし私だったら・・・・・。
カミさんと話し合いました。
17年前とは関わりあわない人間に謝罪されても、
そこには心など感じられず、
空虚感が増すだけだし・・・・・・。
だからと言って、
17年前の当時の捜査刑事や裁判官が、
心を込めて頭を下げたとしても、
やはり失われた17年は戻っては来ないのだし・・・・。
そのこと以上に、
「冤罪の人」として日本全国に顔を知れ渡った今、
故郷に帰って静かに暮らしていても、
面倒くさい事が起こるかも知れないし、
言われるかも知れない。
どこか異国の地に逃げてしまおうかな~~~~。
カミさんは、スペインのバルセロナで建設中の
サグラダ・ファミリア(聖家族教会)贖罪聖堂 の建設に関わって、日々を過ごしたい・・・・などと言うのです。
けっして、
建築の知識も技術もあるわけではありません。
ただ、
現場監督の言われるままに、
木材を運んだり、泥を練ったり・・・・・・・。
未完成であっても、
サグラダ・ファミリアの素晴らしさに触れながら、
残りの人生を送るのも好いかな~~~~。
完成までには、あと100年とも200年とも言われる
サグラダ・ファミリア。
そんな偉大な教会の一部になるのも幸せですね。
一日の終わりには、
わずかの労働の報酬を現場監督から受け取り、
安酒場で美味しいビールを飲むのです。
ガウディの遺産 >
サグラダ・ファミリア(聖家族教会)贖罪聖堂
海外ツアーはルックJTB 菅家さんに栃木県警本部長が直接謝罪 「心からおわび」 2009年6月17日12時24分 90年に栃木県足利市で当時4歳の女児が殺害された「足利事件」で無期懲役が確定し、服役中に釈放された菅家(すがや)利和さん(62)が17日、同県警本部を訪ね、石川正一郎本部長と面会した。石川本部長は「長い間つらい思いをさせたことを心からおわび申し上げます」と述べ、深々と頭を下げた。捜査当局が菅家さんと会って謝罪したのは初めて。 菅家さんは「ありがたい言葉、ありがとうございます」と深々と礼を返し、約30分間会談した。県警が謝罪のための面会を申し入れた後、菅家さん側が自ら県警を訪ねる意向を示し実現した。菅家さんは同日午前11時ごろ、弁護団の佐藤博史弁護士ら2人の弁護士とともに同県警本部を訪れた。 面会後、菅家さんは「会うまでは本部長は怖い人だと思ったが、実際に会ったらやさしい人で、この人なら許せると思った」と語った。県庁での会見では「県警本部長から、私が間違って犯人にされて17年半にわたり拘束されたことについて、心から謝罪すると言っていただいた。本部長の言葉は心に届いた。罪のない私に自白を迫った警察官、検察官は絶対に許さないと言ってきたが、私の前で申し訳なかったと言ってくれれば許そうと思う」と述べた。 一方、「わびるべきは間違ったDNA型鑑定をした科警研(警察庁科学警察研究所)の責任者や担当者。無実の私を苦しめてきた本当の犯人だ。絶対に許さない」と語気を強めた。さらに、「今回、裁判所は証拠を全く調べず再審決定を下すという。事件の徹底解明を願っていたのに裁判長を信用できない。絶対許すことができない」と実質的な審理をするよう改めて訴えた。 菅家さんは17日午後、足利市役所に向かい、大豆生田(おおまみうだ)実(みのる)市長と面会。その後、殺害された女児の遺体が見つかった渡良瀬川の河川敷の現場を訪れ、黙祷(もくとう)する予定だ。 〈足利事件〉 90年5月、栃木県足利市で女児(当時4)が行方不明になり、翌日、近くの渡良瀬川河川敷で遺体となって見つかった。県警はDNA型鑑定を決め手に91年12月、菅家さんを逮捕。捜査段階で「自白」したが、一審の公判途中から無罪を主張した。00年に最高裁で無期懲役判決が確定した。菅家さんと弁護団は02年に再審を請求。即時抗告審で東京高裁はDNA型再鑑定を決定、2人の鑑定人による再鑑定はいずれも「不一致」との結論が出た。検察側は6月4日、菅家さんを釈放した。 アサヒ・コム |
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